愛、ドラマ、烏龍茶。

 「何から話そうか。」

 

 あなたはうつむきながら、小さなため息を少し混ぜたような声でそう言った。

 私は黙ってあなたの言葉を待つ。 私は怒るでもなく、悲しむでもない。 どうしようもないこの状況にただ立ち尽くしていた、心の中で。

 人生においてドラマのようなことは起こらない。 今から私が怒鳴って出て行って、それをあなたが追いかけることはきっとない。 私がここで泣きじゃくって、あなたがただただ困って「ごめん」というお決まりの文句を何十回と言うこともきっとない。 いつだって現実は、淡々と進んでいく。 私たちは別に、ドラマの中の登場人物でもないし、ヒロインでもない。

 

 「僕たちってこれからもやっていけると思う?」

 

 少し間をあけた後で彼はそう言った。 あなたは、いくら考えても、考えても、きっと真っすぐ私に言葉をかけてくる。 それを私は知っている。 それがたとえ、愛を伝える言葉だったとしても、謝罪だったとしても。

 

「どうだろう。 ある人は“そう思った時点で、二人の関係は終わっている”と言うし、またある人は“そう思ってからが二人の関係の始まりだ”とも言うよね。 まぁ、私は前者の立場だけど。」

 

 大して興味がないような目をきっとしていた。 少し右下を見つめながら、あなたの目も見ずに。

 

「そっか。」

 

小さな返事の後で、彼は「じゃあ、別れようか。」と言ったし、私は反論することもなく「うん。」と言った。 「そうだね。」とも。 私が飲んでいたアイスティーはもうすでにぬるくなっていて、あなたが飲んでいたホットコーヒーの湯気はもう見えなくなっていた。

 

 愛の仕組みなんてわからない。 お互いに似ていって一緒にいれば、安心だってする。互いの温度は一緒になっていく。 それは悪いことなのだろうか。 冷たかったアイスティーはぬるくなったら美味しくない。 ホットコーヒーだって同じ。 人間であり、恋人同士だった私たちも、結局は同じようなものだったのかもしれない。 私の大部分は水分でできている。 別に同じだと言われてもしょうがないのだろう。 現実、きっと同じようなものだ。

 

 あなたがホットコーヒーを飲む。 私がアイスティーを飲む。 これを飲み終えたとき、きっと私からでもなく、あなたからでもなく、どちらからというわけでもなく、帰る支度をするのだろう。 お互いに飲んでいるのに、まるで飲んでいないのか、と思うくらい残っていた飲み物は私たちのだらだらとした時間を物語っていた。

 

 「烏龍茶ってさ、」

 そう話を切り出したのは私だった。 この空気に耐えられなくなったのと、彼の少し開いているリュックから烏龍茶のペットボトルが見えたからだった。 だからと言って、なんか面白い話があるわけではない。 名前の由来は、茶葉がカラスみたいな色をしていて龍みたく曲がっているからだという、昨日たまたま読んだ説をただ話そうと思っただけだった。

 

 「烏龍茶ってさ、なんか君みたいだよね。」

 

 「え?」と驚く私に彼は笑った。 どうせなら、おしゃれなカクテルの方が良かった。 そもそも、烏や竜なんて字のつくお茶みたいだなんて言われるとはなぁ、と考えながら、あなたの言う意味は私にはやっぱりわからないままだった。

 

 「苦いのに、なんか嫌いになれないんだよね。 少し喉に残るかんじもあるのに、ソフトドリンクというといつも頼んじゃう。 この名前もなんでか好きなんだよなぁ。 って、意味わかんないか、ごめん。」

 

 そう言って、苦笑いなのか照れ笑いなのか、よくわからない笑顔を浮かべるあなたは、少し泣きそうだった、と思う。 よく考えてみれば、あなたの泣いている姿を見たことがなかった私には、それがそうなのかすらわからなかったのだ。

 

彼がもうホットとは言えなくなったただのコーヒーを飲み干す。 それにつられるようにして、私もアイスとは言えなくなったただのティーを飲み干す。 グラスから目を離すと、もうあなたはいつも通り、よく笑うあなただった。 きっと頰を伝うはずだった感情までも、飲み込んだのだろう。

 

 「それじゃあ、行こうか。」

 

 そう笑うあなたは、やはりあなただった。

 

 あなたと駅でお別れをする。 振り返らないあなたに「ありがとう。」と一言だけ呟いて、近くのベンチに腰をかける。

 彼と別れてから買った139円の烏龍茶を開けて飲んでみる。 味も名前も嫌いだった飲み物。きっとあなたはそれを知らなかったのだろう。 そこが、本当にあなたらしい。 一口飲んで、蓋を閉める。

 

 「あんなにも嫌いだったんだけどなぁ。」

 

 呟いた言葉は、音でしかない。 音にしかならない。 残らない。

 

 言葉が目に見えなくてよかったなぁと思いながら、感情で濡れた頰を隠すように、烏龍茶のペットボトルを頰に当てた。

 

 ただただ、その冷たさが心地よかった。